ただいまと言える場所

社会の枠から、ちょっと休憩

  社会の枠から、ちょっと休憩

私は勉強ができなかった。
小学校低学年のころから、裏の昇降口の階段下でシロツメクサを摘んでいるほうが、バッタを採っているほうが、ずっと性に合っていた。

本当におもしろいことは、教科書の外側にあるのだ。
教科書にはもうすでにわかっていることが書かれていて、テストのために暗記をするだけ。植物の名前(呪文と夫は呼ぶ)はすぐに覚えられても、化学式も公式も、偉人の名前も、歴史的な事件も、さっぱり何にも覚えられなかった。

18歳の私も、進路なんて考えてもわからなくて、やりたいことも出来ることも見つからないまま高校を卒業した。

小さな頃からやりたいことが決まっていて、真っしぐらという方は眩しい。
せめて学びたいことでもあれば、そしてその頭脳でもあれば大学を目指すエネルギーにもなっただろうに、文字通り本当に空っぽで、何にもなくて、時間ばかり持て余していた。

お若い方にもし読んでいただけるなら、だからそれでも大丈夫。
18歳や20歳という年齢で、人生を左右する選択なんて、できなくて当然なのだ。

私はその後、先生の紹介してくれた小さなグラフィックデザインの事務所でアルバイトのように働きはじめ、代理店を経て、Webデザインを経験し、アートディレクターになった。

たまたまの流れだったけれど、不器用だからこそ、朝4時まで開いている本屋の床に毎夜座り込んで、資料を探し続けた。

何にも持っていなかった自分が、いつしか大きな企業で働く優秀な大人たちと、対等に仕事をすることができるまでになった。

ところが、18年働いたあたりで、周りから何故か「休んだ方が良い」と強く勧められる。体の不調もあったけれど、側から見ても様子がおかしかったのかもしれない。
そこでつまづいてから、いまだ社会に戻れていない。

夫がそんな私に庭という、素晴らしい場所を与えてくれた。
鶯が鳴き、モンキアゲハが舞い、ニイニイゼミの眠る土のうえで、幼稚園児の自分に、小学生の自分に、何者でもなかった私に、久しぶりに「ただいま」と会っている。

社会のピラミッドの上辺にいる人間ではなくても、何にも上手くできなくても、誰の役にも立たなくても、もっと言うとお金を稼ぐことができなくても、日本と言う国は、ただ生きているだけを良しとしてくれる。

ピラミッドへの果敢な登頂半ばにして、社会から滑り落ちてしまった私の日々が、それでも穏やかで優しいものであることに、夫と猫たちと犬たちに、感謝せずにはいられない。

そのままで大丈夫。

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