野犬と暮らす

トラウマの深さとこころの傷

  トラウマの深さとこころの傷

ハンナが何を怖がるのか、少しずつわかってきた。

まずは金属ケージのガシャンという音。
プラスチックは食べちゃう星人がいるので、部屋の中を仕切る柵は金属のものを使っている。最大限気をつけていても、これがトイレ掃除の時やら、給餌の入出時におかーさんの手足のリーチの短さ故に当たって、ガシャンとかカシャンとか鳴ることがある。

ハンナはクレートの中で立ち上がりぐるぐる周って怖いきもちを表明する。おかーさん自身に対しては怖さは無くなって来ているものの、これだけは前々から変わらない。

それ怖いです…の顔

更に最近おとーさんが風邪を引いて咳が出るので、家でもマスクをしていた。
マスクをつけて近づくと、久しぶりに驚くほど唸り吠えたてた。憎しみを感じるほどの激しさで。外して近づいてみると、そこまでの反応はしない。

おかーさんとおとーさんの違いで言えば、動作が遅め小さめ、予想外の動きをしないおかーさんは近くにいても大丈夫。座った低い姿勢でいれば向こうから寄ってきさえする。
おとーさんは子犬には大人気だけれど、ハンナには少し怖い存在。細いけれど180㎝を超える身長で、時々ニー・デューを遊びにけしかける動きが大胆で、ケージ内や近くに立っていると威圧感があるのか、端へ端へ逃げようとする。(焦りが高まり過ぎるとうんこもつるり)

ふたり一緒でも、どちらか一方だけでも、外から帰る気配(車の音、自転車の音、足音、鍵の音)で吠えたてる。
入っていって手を差し出すと尻尾を振りながら出て来て手を嗅ぎ、走ってまたクレートに引っ込む。それを数回繰り返すと吠え止む。これを我が家では儀式、と呼んでいる。

総合していくと、やはり大型捕獲器(…というのが実際どんなものなのかは知らないのだけれど、檻であるには違いない)に捕まった際の、扉が閉まるガシャンという絶望的な音、捕獲器を運搬したり、保健所で対応する職員さんのマスク姿(何であれ野生動物と接する場合、マスクや手袋はするであろう)、動物が入った大型の檻を移動するのだから担当はきっと男の人だったのではないだろうか(予想でしかないが)、それらが深くこころの傷になっているのではなかろうか。

雌犬は用心深いという。その用心深い雌犬が捕獲器に入るのは、よほどお腹が空いている場合が多いそうだ。

ハンナもはじめての出産で4頭の子犬をかかえ、空腹で心身ともに限界のところだったに違いない。
そこへ来て捕獲器に捕らえれた時のしまった…!という後悔と心の底からの恐怖。保健所で子犬と離されるという経験。

犬は鼻で世界を見ていると表現されるように、声をかけても吠え止まないが、匂いで家人であると確認できれば吠え止む。
縄張りの外から誰かがやってくるという事態は、何度でも自分の処遇に関わるピンチと捉えているのではなかろうか。

捕獲はたった一度の経験とはいえ、たった二歳の犬にこのような深い影を未だ落としている。無邪気な仕草も増えては来たけれど、依然家庭犬という状態には程遠い。

保護犬にまつわる記事で「3年前は全然人馴れしてなかったんです」とか「あの野犬がこんなに甘えん坊になった」とかは目にするけれど、その過程はあまり詳細に語られない。

なぜならそうした記事は、保護犬も可愛いですよ、犬を飼う選択肢に入れてください、という部分にフォーカスされているから。
でも、結果がどうなるかは本当のところわからない。

1頭1頭別の個体で、別の経験をし、別の環境で、別の思慮をもっているのだから。

9ヶ月経った我が家の一例は、子犬は人間が好きだけれどそれも家族に限定的でお散歩は庭以外できず、母犬は人間という存在に少しだけ慣れつつあるけれど依然野良犬的でお散歩はおろか部屋から出たのは強制的に行った病院のみ。

記録として、いつかこれを懐かしみ、どこかの誰かの役に立つと良いなという願いしかない。

野犬と暮らす

記事全体の中から前後の記事

同じカテゴリー[ 動物たち ]の前後の記事

同じタグ[ 多頭飼育 ]の前後の記事

同じシリーズ[ 野犬と暮らす ]の前後の記事

同じ著者[ 妻執筆 ]の前後の記事