野犬と暮らす

そうそう順調にはすすまない

  そうそう順調にはすすまない

思いがけず犬がやって来たので、準備ができていなかった我が家は、ダンボールや木切れで急ごしらえのケージをつくり、広くとっていた土間を犬エリアとした。

ペットシートも、コンビニで買った僅かな分と団体さんがくれたものだけ。ごはんも同じく帰途にコンビニで買い占めた缶詰とドライフードだけ。
夫は仕事を片付ける必要があるので、何とか物資を用意できるまで、急場を凌ぐことに必死だった。

母犬(ハンナ)

その上落ち着いた途端、母犬は子犬を受け入れなくなり、おっぱいにすがりつく自分の子に、低く唸り吠えたてた。

予想外の展開に団体さんに相談をすると「保護のためとはいえ、つかの間母子が強制的に離されてしまったせいで、子離れしてしまったのかもしれない。まずは母と子を離し、母犬がそっと落ち着ける環境を作って欲しい」とアドバイスをいただく。

薄茶ちゃん
黒もじゃちゃん
黒姫ちゃん
焦げ茶ちゃん

そんな訳で母犬エリアと子犬エリアを分け、子犬たちにはふやかしたドライフードやありもののスキムミルクを与え(牛乳が犬に良く無い可能性があることは百も承知の上)土間のそここで次々と生み出されるウンチとオシッコを片付け続けた。

今はもう大人になった猫たちがうちへやって来た当時、まだそれぞれ200g台、400g台だった頃を思い出しながら「いつかきっと、これも思い出になるよね」と、自分自身とこぶたのようにむくむくした子犬たちに言い聞かせながら。

母犬は賢く大人しく、はじめからペットシートで排泄もでき、まったく手がかからなかった。ただ、人を怖がり気配を消すように、ひたすらクレートの奥にじっと固まっていた。

27日の0時を過ぎた頃、私は吐き気と息苦しさを感じ始める。

元々、睡眠不足や緊張が続くとまず食欲が減退し、気持ちが悪いことがままあった。さらに持病の喘息もあるので、今回も低血糖か疲労だろうと、薬と、ひとまずお茶を飲んだ。

3時を過ぎる頃から嘔吐が止まらなくなる。1分の間隔もなくやってくる吐き気に呼吸のタイミングが合わない。
この時点で夫に助けを求め、低血糖の対応を救急隊員に相談してもらうも回復せず。

しかし自己管理不足、こんなことで救急車を呼ぶのは心苦しい。私たちの住む地区には総合病院がない。救急車はもっと必要な人にとっておかなくては。

7時頃まで頑張ったものの(子犬エリアはその間悲惨な状況)どうにもならないので救急病院を紹介してもらうも、当直が終わる時間ということで、9時までは病院が開かないらしい。9時を待って、隣町の総合病院に電話をして急ぐ。

初めてのストレッチャー。初めての筋肉注射。初めての酸素マスク。
こともあろうかアナフィラキシーショックだった。
「もう大丈夫だよ病院だからね、がんばったね」と看護師さんと先生が力強く励ましてくれる。

きちんと調べないことには断定はできないものの、状況から見て犬がアレルゲンの可能性も否定できないとのこと。情けなさと不甲斐なさから涙が出た。

先生は忙しいことすら感じさせず、「5つの命が助かったのは事実。もっと自分を褒めてあげていいんだよ」「それにね」
「それに、誰かを助けようと思ったら、自分が一番元気じゃなくっちゃ」と。

その間も救急車到着の連絡などが、慌ただしく入っていた。
こういう強く優しい人たちが、本当に誰かを助けているのだ。きっと自分は犬を助けたとどこかで良い気になっていたのだ。これはその罰なのだ。

充分に救急車を呼ぶ状況だったと後で聞かされたが、私はその後こんこんと眠り、夫は犬エリアを整備、隔離すべくホームセンターにひた走った。

明け方、夫が塩と砂糖の瓶を間違い海水のような白湯を飲んだ事は、回復した今では笑い話である。

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